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もう、週末ですねー

昨夕は
兄のオーダーで
リハビリの名目で
マッサージが入っている時

私は
ソファでウトウトしていました


それを見ていた兄は
6時頃
「もう、帰って、ゆっくり休め」 と


「では、帰るよ」

立ち上がった瞬間
兄は、咳き込み
もどし始め


何かしようとする私に

「いいから、帰れー !!」 と





今回入院した火曜日の午後
主治医と兄が話し合い
座薬を変えてみる事になりましたが

主治医は詳しい事は言いませんでした



その日の夜
9時過ぎに入って来た
若い看護師さんと、兄は

その夜、どれだけ点滴するのかを
確認した後
看護師さんがスラスラ説明始めたのは


「今日から座薬が変わって
 それは、麻薬系ですから
 金庫管理になっているので
 一旦金庫から出したら
 使わないといけないのです
 キャンセルできませんので」 と



私は、心の中で
「あぁ・・・云っちゃったー・・・
 兄は、どう反応するのだろう・・・」



兄は
「ふー・・・ん
 それは、家に持ち帰れるのか?」

看護師さん
「はい、退院の時、持ち帰れます
 だって、使うのは○○さんだけですから」

兄は
「ふー・・・ん」



これが、火曜日の夜のやり取りでした





その、麻薬系の座薬を使っても
兄の「もどし」は落ち着かず

3日経った今日の午後
主治医が再度、来られて


「具合はどうかな?」

兄は顔をしかめて
「うー・・・ん
 あー・・・・・・」

主治医
「その
 『あー……』は痛み?」

兄は
「痛みが激しいと言う事では無くて・・・
 うー・・・ん
 重ーい・・・苦しいー・・・」

主治医
「そうかー・・・
 では
 貼るタイプの痛み止めを使ってみようか?」

兄は
「うん・・・」



主治医は
私の目を見て
何か合図を送ったようでしたが
私は、そのまま
兄の側にいました





夕方4時頃
看護師さんが
その、貼るタイプの痛み止めを持って来て
薬に書かれた名前を
声を出して確認し
右胸に貼って行きました



その後兄は
時々咳をし
もどす態勢になるのですが

もどさなかったですね





今日の私は
夕べぐっすり休めて
体調、ばっちりなのを兄は感じ取り
時々休憩をはさみながら
先程10時過ぎまで
マッサージを続けてきました



途中、兄が
「本当に、ありがとうな」 と


私は
「私こそ、ありがとうだよ」 と





今週、
兄の入院前日の月曜日の事

ある知人の娘さんが
ここ、恵那の
ひのきの林のぱらだいすに
ご主人と
ワンちゃん2匹
猫ちゃん1匹を伴って
兄の見舞いに来て下さいました



せっかくですから
この、山村を
ぐるっと一周し
古い城下町を案内してから

寒天の干してある所で
車を止めると


「なんて、いいところですかー
 私達
 こういうところ、大好きです !!」

「来年の、NHKの朝ドラの
 舞台になるんですよー
 既に、撮影が始まっているらしくて

 今年の、大河ドラマの「女城主」の里と
 間違える人が多いのもあり
 
 リニアモーターカーの駅が
 近くの中津川にできるのも手伝って

 今、ここ
 すごい観光客であふれているのよー」


なんて(笑) 
知ったかぶりして説明し
ひのきの林のぱらだいすへ
お連れしました


「なんて、いいところなのー !!」






その方と云うのは

私達兄妹の
祖父、父と
その方のお父さんとが
とても親交の深かった間柄で

そのお父さんの一番下のお嬢さんで
私より7歳下かな・・・



私の父が亡くなる1ヶ月前の事
その方のお父さんが
パーキンソン病でもう長くないのだと

是非、私の父に
もう一度会いたいとの事で
日本から、父、一人
台湾まで励ましに行った時
そのお父さん
非常に喜んでくださり

お嬢さんが
父と食事を共にして下さっていたとの事



父が、1か月後に亡くなるとは
その時一緒だった沢山の方々は
誰も、想像が付かなくて

父亡き後
その旨、台湾に
連絡するよう
私は、勧められ
真っ先に連絡付いたのが
その、お嬢さんだったのです



「○○さん(私の父)に台湾に来て頂き
 父はどれ程喜んでいたかわからない
 ○○さんのお墓に
 是非、お参りしたい」

との、申し入れをいただいていたものの


その後
その方の、お父さんご自身が
何度も危篤状態に陥り


日本在住の、お嬢さんは
何度も何度も
日本と台湾とを行き来する日々が続き
お嬢さんまで体調を壊し
度々入院していたそうです


そして
その、お父さんは
植物人間状態で
今も、何とかいらっしゃるとの事





なぜ
突然
その、お嬢さんがお越しになったかについて

実は
とても不思議な事があったのです



3週間前
兄が、入院中
病室で、インターネットに使う
Wi-Fiの調子が悪く
電気屋さんへ一緒に行って
見てもらっていた時

車椅子の兄が
突然、どこかへ行き
しばらくして戻って来たのですが

「ここにはなかったなー」 と


帰りの車中
徐に口にした事は

「今、TVのコマーシャルで
 山田電機専売の
 フナイ電器の4KのTV
 お前、見たか?」

「うん、金魚でしょ?」

「うん、そうだ
 実は、昔(30年以上前の事)
 俺は、〇さん(先述の台湾の方)に
 フナイ電器の社長を
 紹介してもらった事があってな

 その時、俺は
 フナイ電器って聞いた事が無かったから
 てっきり
 台湾の電器メーカーだと思って
 適当に、挨拶していたんだ

 それが
 最近、TVで見て
 『あー!!』 って思ってな

 お前
 これも何かのご縁だから
 今後、TVを買い替える時
 フナイ電器のTV買ったらどうかな」

「うん、そうするねー」


「ところで
 ○さん、どうしていらっしゃるのかなー」

「うん、そうなんだって・・・
 お嬢さん、お墓参りに来たいって
 おしゃっていたけれど
 その後、なんだか
 お嬢さんも色々あるようで
 なかなか、お会いする事が
 難しそうで・・・

 では
 年賀状に
 それとなく 『いかがですか?』 って
 ご様子を伺ってみるよ」


と、私が言えば、兄は

「早めに、連絡取ってみろ」 と



もしかして
もう・・・かも知れない方のご様子を伺うのは
いかがなものか・・・と
一瞬、私は躊躇したのですが


でも・・・
兄の事を考えると

「わかった、連絡してみるね」

と、即答しました



そして
思い切って
お嬢さんにお電話してみたら
前述通り

お父さんの、〇さんは
まだ、いらしゃるとの事

そして
お嬢さんも、色々大変であった事も
伺った上で


「実はね・・・」 と

何故、お電話をさせていただいたかの理由
フナイ電器の社長さんの件をお話ししたら



「そうなんですよー
 父が、昔、フナイ電器の社長さんを
 自宅に連れて来た事があって・・・

 その後、ずーっとご無沙汰していたのだけれど

 私も、最近TVで見て
 『フナイさん、頑張っているのだと』

 丁度、主人に
 かつてのいきさつを話していたところなんですー!!」



余りの偶然に

「ちょっと、待っててね」 と
兄に、電話を取り次ぐと

兄は、とても嬉しそうに

「お久しぶりですー 🎶」


再度、私に替わったところで
その、お嬢さん

「すぐ、そちらに行きます !!」


が、実現したのが
今週の月曜日だったのです



横浜にお住いのお嬢さんの
ご主人のご実家は
静岡県の掛川にあり

掛川一泊
翌日、お昼に
こちらにお越し下さり


兄のたっての希望で
最上級の
飛騨牛のしゃぶしゃぶ肉でおもてなしし

実は
ご主人様
イタリア料理のシェフでいらして

「こんな飛騨牛
 一生に一度だぞ!!」 って

とっても喜んで下さり


兄も、とっても嬉しそうに
1枚の飛騨牛と
お豆腐2切れと
ごはん、一口食べて


久し振りに
自宅に戻った母も
飛騨牛、3枚もいただき


皆、大満足でしたー 
(´▽`)(´▽`)(´▽`)(´▽`)(´▽`)/



父亡き後
ギリギリ間に合って
取りに行って来た
古いアルバムから

その方のお父さんと
数年前
心臓発作で亡くなった
その方のお兄さんと
私達、兄妹の祖父や父との写真を

その方
1枚1枚手に取りながら

「そうそう、これです
 この写真
 父が、とても大切にしていて
 寝室に飾っていました」


などなど・・・



こんな、出会いってあるのでしょうか・・・



兄は
その方の、亡くなったお兄さんとは
かつて、とても仲が良くて
もう一人いらっしゃる、お姉さんとも
会った事がある

それでは・・・

「僕は、貴女と、会った事ありましたか?」


と、兄が、お嬢さんに尋ねると

「いいえ、今日が初めてなんです」 と



もちろん、私も、初めてだったのです (笑)





それなのに
お互いに
共通の知っている人の事
両親の事
亡くなったお兄さんの事など・・・

話せば話す程
共通点だらけで盛り上がり

しかも、お互い
同じ種類の深い傷を
心に持っている事など


「家族のこんな話
 人に話せば 『恥』 だと思うから
 話した事なかったけど

 ○○○さん(私の事)と
 話せば話す程
 どれもこれも一緒の
 分かり合える事ばかり

 びっくりねー 
 ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆


 精神安定剤飲んでいる事まで一緒だなんてー」



お互い
側に家族がいると
話しにくい事だらけ

ワンちゃんのそそうを処理しがてら
テーブルの下に四つん這いになりながら

「こんな事もあった
 あんな事もあった

 だけど
 お互いの
 親同士が
 本当の親友として
 お互いを大切にし合っていてくれていたからこそ
 世代を超えて
 私達の今の出会いがあるのねー」 と (笑)



「お互い、気の済むまで
 改めて、お電話でお話ししましょう
 
 お互い、励まし合って
 これからは、前向きに生きて行きましょう !!

 過去は変えられないけど
 未来は、変えられる  !!

 頑張りましょう  !! 」



そう、お互い約束して
お嬢さんご一行は
翌日、ありがたい事に
私達の
父の、そして祖父の墓参りに行くと言って
北陸経由で
お帰りになり

短い時間でしたが
とても意味のある出会いでした





今夜
兄のマッサージをしながら

「あにきのお陰で
 私、○○○さんと
 いい、お友達になれそうだよ

 あにきぃ、ありがとう」

「よかったなー」



やがて
一人きりになるのであろう
たったひとりの妹の為に

「お前の為に
 俺はもう少し生きる」 と

兄が、口にしたのは
2か月前の事でした



フナイ電器の社長さんは
とうに、代が変わっていらっしゃるでしょうし
今では
人間的には
何も関係は無いのかもしれません


だけど
人の本当の心
真心と云うものは

多くの人が
背中を向けて
去って行った後にこそ
見えて来るものだという事が

今回ほど
身に沁みて感じた事はありません



兄が、しみじみ口にするのは

「この病院で
 どれだけ良くしてくださったか
 わからない」





「いい時も
 悪い時も

 どんな姿勢で生きているかを
 人は見ているから

 お兄ちゃんも
 ○○○ちゃん(私の事)も
 苦しい中で
 素直に、真っ直ぐに
 生きて来たからこそ

 こうやって
 ちゃんと、必要な時に
 大事な人と
 巡り会う事ができたんだよ

 よかったねー」



と、夕べ
「台湾に連絡を」 と
父亡き後に
勧めて下さった方

この方も
父の最期を通して
何十年振りに
交流が再開した方なのですが

この方とも
心の通うお付き合いを
父亡き後
続けさせていただいていますが


月曜日の出来事を
報告した後
思いもがけず
言って下さった言葉に

嬉し涙が
ほろほろと零れ落ちました



「ちゃんと
 見るべき方が
 見ていてくださっている」





兄は
今日、処方された
貼り薬が
とても効いているようで

長いことぶりで
私の前で
もどすことが無く


「悪いが
 コーラが飲みたいなー」



自販機で探してきて
コップに少し注いで渡すと

「あぁーーー
 うまいなあーーー
   (≧∀≦)    」



炭酸飲んで
ゲップを出すと
もどすだろうからと
ずっと、我慢してきたんだと

「どうせ、もどすだろうが」 とも
言ってましたが


しばらく時間を置いて
再び、マッサージしたけれど

私のいる間は
一切、もどさなかったです



薬が効いているのですね



「薬、効いているみたいね
 よかったねー」 と、私言うと

兄は
「薬は、強くなってきているんだ」 と


モルヒネ始まっている事を
兄は、わかっているのですねー





12月17日の京都行
「新幹線にしようかなー」 と

「うん、そうしよー」


少しでも
希望を持ち続けていてほしい

兄ならできる !!


「うん
 看護師さんと
 ツインにエキストラで
 3人で寝ようよ !! 」


すると
「お前の都合に合わせて退院する」 と


月曜日以降
ケアマネージャーさんと
訪問看護師長さんと
ヘルパーさんと

そして
主治医と相談し


自宅での療養を願う
兄の為に
全員で
力を合わせて
全力を尽くします。
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