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一喜一憂するなー    (`・ω・´)

17 11 30 5

前回、どこまで記事にしたか
読み返したところです

2週間前でしたね





13日に
会いたかった知人が
兄を見舞いに来て下さり

その時、既に、最悪の体調だった兄は
翌日入院した、3日後の17日が
最後の記事でした





「モルヒネですか?」
主治医にそっと聞いてみたら

「そんなもんだよ」 と


「主人の先妻さんが
 胃癌で亡くなっていて
 もう20年以上前の事ですが

 癌治療の最後は
 モルヒネを使い
 精神異常をきたすのだ !!

 と、主人が強く思っているのですけど・・・」

と、伺ってみたところ


「そんな強い量は使ってないよ」 と、主治医



医学の進歩は日進月歩
20年前の常識は
もう、過去の事


とは言え
兄は、わかっているのです

「薬は、だんだん強くなってきているんだ」 と



強くなっているのは
薬の種類で
現在の麻薬の量は
今のところ
最低レベルのようです


おかげで
今週、月曜日まで
絶好調でした (´艸`*)



もう、頭の中は
食べる事だけ (>▽<)


インターネットで
TVで

ステーキに
ビーフシチューに
ピザ、ドリア


そして
学生時代、真冬の北海道での思い出

雪印、青缶バターをたっぷりのせた
アツアツのふかしたジャガイモを連想し

「うまそー (((o(*゚▽゚*)o)))」



このようにも
口にするのです

「芋の子の煮たのに
 炒り卵でごはん !!」



「家に帰りたい
 家に帰りたい
 先生、呼んでー」





飲み薬は
ほとんどもどしてしまうから
坐薬と注射と貼り薬で
調整しながら入院1週間後

主治医が病室に来られた時は


「12時間毎の注射を
 ほうかん(訪問看護師)の
 勤務時間の中で
 ちゃんとできるかどうか

 朝8時と夜7時が
 訪看の限度として
 今、調整しているから

 ここにいれば
 何かあった時
 看護師が何かしてくれるじゃないか
 ゆっくりしていけ」



いつも穏やかな主治医が
珍しく、パパパーっとおっしゃった
その、口調に

私は
「先生は、もう
 病院から出したくないのだな」
と、察しました





ちょうどその頃
病院の「在宅看護部門看護師長」さんから
私に話があるのだと
病室まで、わざわざ挨拶に来られ

ケアマネージャー
訪問看護師
ヘルパー
病棟看護師
上記、看護師長

と、私の6人で
兄の退院後のケアの調整の為の
話し合い、ミーティングを行いました





都市や街と
ここ山間部では
人員が圧倒的にすくないのが現状なんです

自然の中で過ごすのがいいと思っても
いざとなると
やはり、街に住むのがいいと云うのは
当然の事なんです

私達も、よくわかった上で
この地に来たのですが

こうも、次々と家族が病気になってみて
便利な街で最期を迎えた父と
この、医療過疎地で
人生を仕上げようとしている兄とでは
ケアの実情も大きく異なるのです

理想も法の整備も両方整っていても
人手が足りないのです


そして
話し合いの場で
意見の出にくい土地柄もあるのですね


このような環境の中で
母、兄共に
ここまでのケアとサービスを
受けて来られたこと自体が
奇跡に近いのです


母、兄の口から出る
「ありがたい、ありがたい」は
本物なのです





11月1日に
「要介護4」の認定が下りて
1週間後の8日㈮に退院していたのですが

何故だか
退院のその日
訪問看護師さんは来ず

毎日、当然の様に
看護師さんが入るものと思っていた私は
頭がくらくらするほど
   (@_@;) 驚きました



「えーっ?!!
 いつから、看護師さん来るの?」

「お兄さんのご希望で
 来週の火曜日が最初です」 と

「お兄さんが
 週に2回、お風呂に入りたいと
 その際、点滴用の針の
 取ったり、付けたりの為に
 看護師さんに来てもらえれば
 それでいいのだとの事でしたので」

との、若い男性ケアマネージャーさんの言葉に
耳を疑いました

「ありえない・・・」



何度も
兄の担当のケアマネージャーさんとは
話し合ってきたつもりですが

父の時の
まるで芸術的なケアチームのイメージがある私には
穏かで人柄がとてもいい青年で、大好きなんですが
恐らく、初心者マークの
若いケアマネージャーさんが物足りなく

案じていた通りの現実に戸惑いました



案の定・・・

8日の退院の夜から
兄は調子を崩し
土日、緊急連絡携帯を持っている
看護師さんに連絡し

「行こうか?」
「すぐ、お願いします」

2日間、目一杯入っていただき
私と、看護師さんとで
マッサージを続け

月曜日
土日、研修会で不在だった
主任の看護師さんが
朝、昼、晩遅くまで
献身的に看護、マッサージを続けて下さり

入院を嫌がる兄を
時間をかけて説得下さり

薬の調整の為に
再入院したのが14日㈫のことでした



この時のまずかった反省の上に
看護師長さんが入って
見事なリーダーシップを取って下さり
皆が意見を出し合い
現状の調整の上に
いつ、退院許可が下りても
対応ができるようにしていただきました



その上で
今週に入って、月曜日
主治医と兄と私の3人で
とことん話し合い

それでも
なかなか、退院許可をお出しにならない主治医に
私から申し上げました


「もし、明日、退院して
 夜、急変して・・・・となったとしても
 兄には、悔いは無いと思います

 兄は、かねてより
 私に、何度も言い続けて来たことは
 
 『この病院で良かった
  ここまでしてくれて感謝しかない

  俺に何かあったとしても
  絶対に、医療過誤で病院を訴えてはいけない』 と

  言い続けて来た兄です


 『看護師さんが嫌がっても
  早く終わらせたくて、点滴を早めさせているけど
  万が一、心臓発作で死んでも
  病院を訴えてはいけない

  ガムを噛んだまま
  ついウトウトした時
  ガムを飲み込んだ夢を見て
  慌てて、ゴミ箱の中を探したけど
  ガムが見つからなかった
  もし飲み込んでしまったとして
  腸閉塞に詰まったら
  俺は、それで終わりだ

  それでも
  絶対に、病院を訴えてはいけない
  わかったな』

  こんな兄です

  兄自身も
  私達家族も誰も
  結果において
  何があっても一切
  不満は持ちません m(__)m」



すると、主治医は

「最悪は
 両方のどちらも実現できない事だ」 と



両方と云うのは

① 12月16・17日 京都へ行く
   もちろん、あの定期演奏会です

② 家で過ごしたい



①を最優先のものとして
上記のミーティング以来
皆でバックアップ体制を考えたら、当然
病院にいるのがベターだと言う事になっていたのです

が、兄は
麻薬の貼り薬で調子が上がり
何としても①は実現したい

同時に②もしたい、すぐに !!



主治医から
「ここで、ゆっくりしていろ !!」 と言われても

直後に
「おい、退院の準備してくれ !!」

「えっ?
 先生、ゆっくりしろって言ってたじゃない」

「いや、許可が出たんだ」 と



荷物の異様に多い兄の入退院は
このところ
ドコモのサービスの一つ
ダスキンの家事サービスを利用し
私の腰痛を軽減させていたのですが

慌てて、空いている日を抑えてもらうように
予約の電話を切った、その横で

「ごめーん、ごめん
 俺の錯覚
 退院許可、出ていない
 ごめーん、ごめん

 あぁ・・・俺、帰りたい病になっているー !!」



これが、ちょうど1週間前の事 (笑)





いつ何があったか
もっともっと
笑ったり、怒ったり
毎日毎日
変化に富んだ時間を過ごしていたように思いますが

これ以上
思い出せないかな・・・





そうそう
昨日29日の、退院前日だったかな・・・

病院の廊下で
兄が、ずーっと相談相手になっていただいてきた
化学療法専門の看護師さんと
久し振りに、ばったり出会い

翌日、退院する旨伝えたら


「ありがとうございます
 よく、在宅介護を引き受けて下さって」 と

「いくら、ご本人が希望しても
 ご家族がどうしても反対されて
 実現できないケースが多いのです」 と



もしかして
私は、無謀な事をしようとしているのかもしれないと
その時思いました
けど

「それは
 2年前、父の時の経験がありますから
 皆さんの力を借りて頑張ります」





「最後ははっきりしている、病院だ !!」

「先生に、託すんだね?」

「うん」


との、兄の意思確認は
病棟と訪問両方の看護師さん達から促されて
私が、直接兄に、単刀直入に質問し
できています 



この、意思確認を受けての
主治医との最終的な話し合いだったのですが

主治医は
兄と私の前でこのようなお話しをして下さいました


「ある患者さんが
 もっと先だろうと思っていたのだけど
 ある日、僕の所へきて
 『先生、ありがとう』って

 その夜、亡くなられたんだ

 きっと、本人が一番わかるんだと思うよ
 『もう、だめだなー』って

 だから
 (兄も)病院へ来る時は
 自分でわかると思うよ」 と



「先生
 兄は、このところ毎日
 『ありがとう、ありがとう』ばかり云うのです
 『先生に、病院に本当に良くしていただいた』って
 私にも『ありがとう、ありがとう』を連発するのです

 いつも私がここに居ると
 起きているのかと思えば
 このままの恰好(パソコンの画面を見ている)で
 すやすや眠り
 数分で、目を醒まして、また
 パソコンいじっているのですが

 つい先日
 3時間続けて眠った事があって
 久し振りに鼾をかいて・・・

 『やばくない?』って見てたら
 鼾は止んで
 すやすやと横になって眠っていました

 『いてー』と言って目を醒まし
 『マッサージしてくれー』って(笑)

 まだ、大丈夫だと思いました」


すると、主治医は
「亡くなる時の鼾って
 ○○○○・・・こんなだよ」 って



こんな話を
兄の前で
ざっくばらんに
まるで友達とお喋りするように

お二人の手術後の外科医とは思えない
本当に、私達にとって
最高の主治医なんです



「じゃあ、明後日、退院にしよう」 と

昨日、退院してきました



退院時に
病棟の看護師さんが
家まで付いてきてくれるケアも
行っているとの事も
兄共々、初耳で

「是非、お願いします m(__)m」



今回、兄担当だった
24歳の、可愛い美人の看護師さんが
私達の車に着いて来て下さり
家についてから1時間
荷物を降ろしたり
ケアをしたり
して下さるのだと



そして
雨が降っていたので
正面玄関の屋根のある位置に
車を付けさせていただいたら

何と
前述の師長さんと

「私が一番手が空いていたから」と
病棟の看護師長さんのお二人が揃って

兄の車椅子を押して
お見送りに出て来て下さったのです



「ありがとうございました m(__)m
 行って来まーす m(__)m」 の私達に


姿が見えなくなるまで
師長さん達、頭を下げて送って下さって・・・

兄も、私も、大感激でした



家に着いてからは
看護師さんが
本当に兄の部屋まで入って
1時間、マッサージをして行って下さいました




今回は
朝晩訪問看護師さんは入って下さるし
ヘルパーさんも2回入って下さるし
そして
近くの訪問マッサージも
医療保険でOK!!
早速、入っていただいています





今後の予定は

12月16・17日に向けて
体調を整える為に
13日に入院し
外泊許可をいただいて
京都に行く予定で
必要な予約は全て整っています

そして
京都から戻ったら
そのまま入院し

様子を見て
主治医の OK!! が出たら
今度の年末年始を挟んで
行けるところまで
家で過ごすのだー!!





「ヘルパーさんや看護師さんは
 年末年始はお休みか?」

「そんな事、ありえないよ」

「じゃあ
 皆さんにお出しする
 お正月料理を
 用意しておけよ」



どこまでも
どこまでも
父、そっくりの兄です (笑) 
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Comment 2

Sat
2017.12.02
16:05

ヨッシィー #-

URL

こんにちは、つるりんどうさん
お兄さまの希望が叶うように頑張っていられるのですね
12月16・17日 京都へ行く カレンダーには、
大きな印が付いているのでしょうね

それが終わったら、今度の年末年始を家で過ごす
12月に入りましたので、準備も大変ですよね
まずは、16・17日の京都が済んでからですね

お疲れが出ませんように

Edit | Reply | 
Sun
2017.12.31
18:44

つるりんどう #-

URL

ヨッシーさん、こんばんはー

この時の、ヨッシーさんのコメントを確認させて頂いた直後に
電源コードが故障したのだと思います
お返事、大変遅くなりました


そうでしたね
この時はまだ、京都へ行く20日前

とても行って来れるとは
思えなかったです

が、実現しました


その時の事
その後の事

これから少しずつ記録して行きます

Edit | Reply | 

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