FC2ブログ

恵那峡かんぽの宿

北陸地方
大変な大雪で
生活に影響が出ている中

お忙しくて、お疲れにも関わらず
このブログ
更新毎に
兄のツイッターに投稿できるように
shishou が、ご指導くださました

shishou ありがとうございます
      m(__)m


小学校のお迎えも
大変でしたでしょう



週末、今度は雨の予報
次いで再び
寒波が到来との事

家が潰れるなどの
被害がでませんように
ひたすら
お祈り申し上げます





兄の亡くなる前日のことでした
こんなものが
床に落ちていたのです
18 0210 1

ホールインワン
日付けと
父の名前が
刺繍されたラベルです

「何?これ?」


洗濯と乾燥は
病棟に設備が整っていて

それまで何度も
洗濯、乾燥を繰り返していたのですが

この日、たまたま
はずれて落ちたのですね


何から落ちたのか
すぐに検討がつきました


兄が、気に入って
長年使い続けていた
バスタオルからだったのです

が、それが
父の、何十年も前の
ホールインワン記念のタオルだったとは
私は知りませんでした


同じタイプを
兄は、3枚使い続けていまして
タオル自体に、全く傷みが無く
いい素材だとは思っていましたが

まさか
父が作った物だったとは
驚きました


同時に
一見、背中合わせだった
父と兄であっても

父は、ちゃんと
兄を護り続けていたのだと思い
胸が熱くなりました


意識の無くなった兄に

「お父さんが
 あにきの事
 ちゃーんと
 見守ってくれていたんだよー」 と

伝えました



父が
「もう、こっちへ来い
 よーく、がんばってきたからな」 と

呼んでくれたのだと思います


今頃
たくさん、たくさん
二人でお話ししていることでしょう





さて
葬儀の終わった夜

夫と二人で
恵那峡かんぽの宿に
宿泊しました

今時
かんぽの宿は
はずれが無くて安心です



その晩
お風呂に入る体力はありませんでした

「それより
 食事しよー」

18 02 08 13

18 02 08 11

18 02 08 12
可愛い器には

18 02 08 22
南瓜まんじゅうです

18 02 08 14
チューハイで乾杯して
次に
日本酒をいただいたようですね(笑)


そうそう
兄が亡くなってから
私、白いご飯を
よく食べるのと

毎日
夫に付き合って
晩酌してます

そして
結構量が増えてますね


40歳の時
胆嚢取ってから
飲めなくなって

飲んでも
すぐに酔って
心臓がバクバクするものですから

飲む事に
興味が無くなっていたのですが


飲めるようになったのか
はたまた
どこか麻痺してておかしいのか・・・

来週の健康診断に
判断をお任せします


とにかく
この頃、夕食に
必ずお付き合いしています

18 02 08 15
お鍋の具材をいただいたら

もう、おしまい


これでは
疲れた体が
満足できません


2品
追加しました

18 02 08 16

兄が大好きだった
飛騨牛を使った
朴葉焼き と

これは
18 02 08 17
忘れましたが
やはり、飛騨牛のお料理でした



兄から
最後に電話を受け取ったのは
12月28日の夜でした

兄に
嬉しい便りが届いた後

「兄の好みの店に食事に行ってくる」ね と、出かけると
そこへ

「ぜいたくしてもいいか?
 ステーキ頼む」 

最後の電話が入ったのです


持って帰っても
食べる力は、ほとんど無く
せっかくだからと
無理して食べても
後が、しんどかったものです



この日の日中
この世で最後の
お風呂に入ったのですが

ベッドごとお風呂場へ移動し
看護師さん、4人がかりだったと


12月、兄は
3回お風呂に入っています

1回目は自宅で
この時は、まだ自分で歩いて
部屋とお風呂場を往復していましたが
訪問看護師さんとヘルパーさん、お二人の
お世話になりました

2回目は
京都に行く2日前、病院で
車椅子に乗って
看護師さんに連れて行ってもらい
看護師さん2人のお世話になりました


京都から戻り
少し体調が落ち着いた頃
しきりに兄が望んでいたのは

「おふくろと、お前の旦那さんと一緒に
 下呂温泉にでも
 介護タクシーで行けないか?
 ヘルパーさん、二人ついてきてくれないかなー

 みんなで、美味しい物を食べて
 ゆっくりしたらいい」 


しかし
最後のお風呂に入れてもらって
悟ったのだと

「俺は、もう無理だ」 



それでも
リハビリの先生が
一生懸命
兄に目標を持たせようと

「近くの、かんぽの宿だったら
 家族湯があるし
 きっと、近くに介護の事業所もあるでしょう」 



実現する事は
ありませんでしたが


病院から
車で10分足らずのここは
以前にも書きましたが

兄に、ずーっと付き添っていた
私の唯一の
癒しの場だったのです


1週間に2回が
精一杯でした


「行って、ゆっくりして来い」

と、言う兄でしたが
すぐに電話がかかってきて

「今、どこにいる?」

「もう、少しで病院つくよー」

「うん、待ってる」



兄を
連れて来てあげたかった
かんぽの宿からは
恵那峡が
とてもきれに見渡せます
18 02 08 19
向こう側に見える
観覧車の左の方に
博石館があるとの事です

18 02 08 20

水面が
縮んだように見えるところ
18 02 08 21
凍っていたのです



明日から3連休
夫と久しぶりに
恵那へ行ってきます。


スポンサーサイト

Comment 0

WHAT'S NEW?