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兄のお気に入り その2

確か
11月下旬に
パソコンが突然故障し
12月後半まで
ブログを更新できなかった間の画像です

これ
18 02 20 1

夜中なんです

右端の、ほうじ茶
忘れないでくださいね



兄は
今年に入って
モルヒネを投入するようになった頃から

音は静かに
照明も暗く
するようになりましたが

この頃は、まだ
夜中も
TVはつけっぱなし
照明も明るくしたままでした

それが
落ち着くのだと、言って


12月9日0時23分撮影と
記録されています





7日の未明から
調子を大きく崩し

主治医の
「即、入院!!」 の指示に対し

「家に居たい」 と
強く希望し続けた兄を

訪問看護師さんと二人で
マッサージをしながら
根気よく、説得し続けました



兄が最後に出した
入院条件は

自宅療養中
毎日来てくださっていた
訪問マッサージの方々に
入院しても入っていただく事 !!



訪問看護師さんが
その旨を取り次ぐと

ここが、兄の主治医の
太っ腹なところなのです


「いいよー
 なんかあっても
 責任は取れないけど
 いいよー !!」 

って即答下さいました





看護師さんに
救急車を手配していただき

私は
これまでの
兄の入院のお手伝いの経験から
自分の判断で
必要そうなものを
順次、私の車に積み込んで

救急車が出発した後
病院へ向かいました



当然
足りないものだらけです

しかし
この時、兄は
それまでとは明らかに違い

もう
あれこれ言いませんでした



「あれも要るね
 これも要るね」


私の判断で
一旦、自宅に戻り
必要な物を揃え

また
足りないものを
途中で買い求めながら


7日の夜
病院にたどり着いた私は
病室のソファに座り込んだまま
そのまま
朝まで爆睡してしまったのでした(笑)





夜中の事

薬が効いて
体調が少し落ち着いた兄は
看護師さんを呼んで
車椅子で病室を出て行ったのを
うろ覚えしています


飲み物や
食べ物・・・と言っても
カップ麺くらいしか
夜中の病院では
手に入らないのですが

部屋に戻った兄は
その日の担当の看護師さんに
(この方は、お若いけど
 とっても素直で
 一切、「できない」の反応がなく
 どんな事も、「はい (´ー`)V」の
 本当に、気持ちのいい方でした)

「これは、そこに置いて
 これは、こっちに・・・」などなど

指示するのを

「はい (´ー`)  はい (´ー`)」 って

実に、穏かに、気持ちよく
やってくださっていました



その、兄とのやり取りが
まるで
心地いいメロディー 🎶 のように

ソファで爆睡しつつも
時々、私の耳に届いていました



そして
暖房の効いた部屋です
私の喉も、カラカラ

その、私の目の前に

「これ、妹の横に
 置いてやってくれ」

「はい (´ー`)」


って、看護師さんが
そっと
置いてって下さったのが
この

ペットボトルの
ほうじ茶

なのです


お腹の弱い私は
熱いほうじ茶を好むのを
兄は、よく知っていたのです





入院二日目の朝
私が、目を醒まし
兄と目を合わせると


「おおーーー!!
 目が醒めたか―――!!

 お前の寝姿を見ていたら
 俺は、お前をどれだけ
 疲れさせていたんだろ――
 って、泣けてきたんだぁ
 
 すまなかったなぁーー (;_;)」


兄は、涙を流していました



「私、座ったまま
 寝たんだねー (>▽<)
 
 もう、大丈夫だよ
 たくさん、寝たから

 私の事、心配しなくていいよ

 あにきぃ
 体、落ち着いてきたみたいだね
 よかったね (´ー`)」



そんな、やり取りをした日の
夜遅く
日をまたいだ頃の兄の様子が
今日最初の画像でした





ここまで書きながら
その日の事を思い出して
涙が止まらないです(笑)


本当に
やさしい、思い遣りある
兄でしたから

この、ほうじ茶の空ボトルは
今も大事に
兄からのプレゼントとして
兄の遺影、遺骨の前に
飾っています


「あにきぃ、ありがとう」





兄も
もともとは
ほうじ茶をよく飲みましたが

母を見ていても思うのは

抗癌剤を服用し
味覚障害が起こってくると
緑茶
より、濃い緑茶を好むようです


兄も、母も
ほうじ茶は全く飲まなくなりましたから





兄は
お茶を大量に飲むのが
習慣でしたが

抗癌剤治療ができなくなって来た頃からは
食べ物だけでなく
水分も受け付けなくなり

飲む量は
だんだん減り続け


かつては
日に二回は
大きな急須に
抹茶入り煎茶をたっぷり作って
頻繁に、飲んでいたのが

半分にしたところで
一日経ってもほとんど減らなくなり


「熱いのが飲めなくなってきた」 からと

急須に入れたお茶と
ずーーーーっと並行して飲み続けて来たのが
これ
18 02 20 2

この銘柄しか
味覚的にも
飲めなくなり

いつも
ペットボトルに
直接、口をつけて飲んでいたのが

12月に入ると
更に、量が減り
1日では、飲みきれないので

傷まないように
衛生的に
吸い飲みを幾つか交互に使って
飲むようになり・・・



最後に飲んだのは
いつだったでしょう・・・・

意識がある内は
一日に一回でも
自分で、手に取って飲んでいましたが

最後は
私が、飲ませていたような
気がします



いつも
箱ごと購入し

残りの
画像の最後の一本も
今、兄の前に置いてあります





そして・・・

最後に口にした食べ物は
18 02 20 3
この
しまじろうぼーろ

だったと思います


この最後の一袋も
兄の前に
お供えしてあります





記憶・・・
私の記憶力
思い出す力

だんだん弱くなってきています



それでいい事もたくさんありますが
画像を整理しながら
老後の楽しみに
もう少し
兄との思い出を
更新し続けます。
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