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兄のこだわり その1

昨日の記事に触れました事で

兄が救急車で入院した
12月7日
この日は
兄が生前最後に家を出発した時だったのですが

入院に際し
兄が主治医に出した
最後のこだわり

それは
「入院しても
 これまで通り
 自宅に来てくださっていた
 訪問マッサージの方々に
 毎日、入っていただける事」



兄が、こだわり続けた方々というのが
こちらのお三方です

まず
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事務方 兼
私の、筋トレの 師匠 兼
兄と私の
恵那でのパソコン 師匠 にまで
なってくださった方です

兄が、だんだんパソコンもできなくなり
それでも、ふと気づいた時に
パソコンが上手く作動していない事に気付くと

この方
飛んで来て、修正してくださったのです


いつも
SOSを出すと
夕方来て下さるので
てっきり
お仕事を終えられて
来てくださっているものとばかり
思い込んでいましたが

後でお聞きしましたところ

お仕事の途中で
やりくりし
兄の為にと
飛んで来てくださっていたとの事

    m(__)m


ですから、この時も
1月4日17時

やがて、モルヒネが投入される少し前で
兄が、一番苦しかった時

それでも
カメラを向けると
兄は目を開けて
微笑んで
このように、手を伸ばし
OKポーズしていました

この方へ
「ありがとう」 の印だったのです



次は
この方
18 02 21 2
初めて、自宅に 「お試し」 で来て下さった時
様子を見に行った私に

「この人、いいぞー !!
指力(ゆびぢから)が、俺にピッタリだー !!」

で、即
「これから、お願い致します m(__)m」


6日17時の画像です
だんだんお薬が効いて
寝る事が多くなった頃ですが

それでも
カメラを向けると
連写で撮ったこの次の画像は
兄は、こちらを向いて
ニッコリしていました

やはり、この方にも
「ありがとう」



もうお一方は
こちらです
18 02 21 4

先のお二方も
そうですが

この方も 美人  



先の方々は
マスクをしておられましたので
そのまま
ご登場していただきましたが

この方に
紗をかけるのをためらいましたが
個人情報を露出させてはいけませんので
ごめんなさい



パソコンが直ってきて
すぐに
兄の最後の旅行
京都へ行ってきた記事を書いたと
記憶していますが

とっても不思議な事の連続の上に
京都泊の晩
この方が、偶然
大阪出張なさっていて
お帰りの途中だからと
ホテルまで来て下さり
施術してくださったのです


「大きな力が働いているようですね」

とは
京都での
この方のお言葉です



何より
兄が、自力で
身体を動かせなくなって来た時
この方の補助の仕方が

「すばらしいんだ !!
 俺の身体の特徴を
 掴んでくれているから
 俺は、楽なんだ !!」 と


兄が亡くなる前日
意識が無くなった兄への
最後の施術をしてくださったのは
この方でした


8日13時半の画像です


マッサージのお二人が来られた時に合せて
私、近くの恵那峡かんぽの宿へ
行ってましたから

今思えば
よーく、タイミング良く
ツーショット撮れていましたねー



兄にも紗をかけましたが
「はい、チーズ」に
目をうっすら開けましたよ

「ありがとう」 と



この方々とは
兄の亡き後も
ご縁が続き

私と母を
色々な面で
フォローして下さっています

兄が私に遺して行ってくれた
大切な 宝  です


お三方
本当に本当に
ありがとうございます
これからも
どうぞお付き合いの程
宜しくお願い致します
    m(__)m
    
   V(´▽`)V






さて
兄の こだわり は
徹底していました

これは
7月11日
入院した時の画像です
18 02 21 518 02 21 6

ちなみに
7月11日は
兄の61歳の誕生日でした (´ー`)



ベッドメーキングはこの形と
決まっていました

茶色の低反発のマットは
現在、私、使っています
身体、楽です(笑)

また、ベッドサイドには
フックをいくつもかけて
用途別にレジ袋を提げていました


右画像は
パソコンとモニターのつなぎ方を
私に伝授しているところです(笑)



18 02 21 7

18 02 21 15

コードのつなぎ方は
「この様に」 と (笑)



この頃は
兄は、まだまだ元気で
入退院の荷物の準備は
兄、一人でしていましたが

これらの画像を残してあったので
暮れには
必要な物を
私、一人でも
何んとか準備できたのです




     18 02 21 10

     18 02 21 11

兄は、よくメモをしました

上記2枚は
京都旅行に必要な物を
自分で書き出し
私に、抜かりないよう
指示を出した際のメモです



こんなメモもありました
18 02 21 16

内容から
京都旅行の前ですね

だ円の白抜きは
私の名前が入っています

私に気遣いながらも
何んとかもう一度
自宅に戻りたかったのですね

私の気持ちを
聞きたかったのでしょうが
京都から帰って
ベッドより出る事が無くなり

この質問は
私には無かったです





こちらは
18 02 09 22
京都から戻り
ひと段落した所で

大変ご尽力下さった
看護師長さん宛てのメモです


感謝の気持ちと
そして
TVを観やすくするために
備え付けのキャビネットと
ソファ、テーブルの
位置替えの依頼です(笑)





また
こんなのもあるのです
18 02 09 21

1月4日午前
夕方からのモルヒネの投与が決まり
顔を出して下さった主治医への
質問のメモです

声が細くなり
このメモは
主治医に直接読んでいただきました


主治医は
このようにお返事くださいました

「何言ってるんだー
 まだ、むくんでもいないし
 体力あるから
 しっかり、栄養摂っておけー !!」


4年半
兄と主治医
二人で築き上げてきた
強い絆で繋がれた
信頼関係があってこその
会話であったと
思います


先生の言葉に続いて
兄は質問しました


「この、薬が効いて
 少し良くなったら
 元の薬に戻せますか?」


主治医は
3秒置いて
次の様に応えました


「できるよ
 だけど
 苦しいぞ」


兄は
だまって頷きました。
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Comment 1

Thu
2018.02.22
08:12

 #

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