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兄のお気に入り その4

腰痛、当分続きそうです


ゴールデンウィークには
一通り整理を付けたい !!
を、目標に

ついでに
この機会に
名古屋の自宅もスッキリさせるのだー !!

まで付加してしまったのが
腰痛悪化の原因だと自覚しています



それでも
少しずつでもやっておきたい !!

梅雨に入って夏が来たら
秋まで無理ですものー !!



そんな中
何と言っても有難いのは


お隣さんと
恵那近郊の友人や古道具屋さんが

それぞれ
譲り合いはせず
取り合いもせず

兄の遺品
母がもう使わなくなった物
加えて
私達夫婦が今後使わない物も

実にスムースに
皆さん本当に喜んで
ぜ―――――んぶ
お持ち下さるのです


恵那に行く度に
どうぞー !! 
と、お出しした物が
きれ―――――に
なくなるんです !!


その様子を見ているだけで
私達夫婦は本当に喜びなのです
   V( ̄ー ̄)(´▽`)V


皆様
本当に本当に
ありがとうございます
   m(__)m





そんな中で

ふふふ(´艸`*) と
思い出すものを見つけました

兄もお洒落した

オードゥトワレですね

闘病中
一緒にお出かけする時
兄は、必ずつけていました

兄は、決して
気になる体臭持ちではなかったですし

昨日掲載した画像の様に
とてもワイルドな暮らしぶり故

つけるのがおかしくて

「そうしてまで
 会いたい人がいるのだろう」

妹としては
精一杯思い遣りのつもりで
かなり我慢しました


ところが
いつ頃だったでしょうか・・・
おととし・・・?

エアコン効かせて走る車の中で
もう、だめだー !!

「あにきぃ、ごめん
 かんべんして――― !!」

「え――― ?!
 そうだったのか―――」


以来、使わなくなりましたねー



そんな兄は
末期症状が出てから
それまで気にならなかった
色々な臭いに敏感になり

一番しんどかったのが
看護師さんでした
10人中、3人ダメになってましたー

その様な方が
ドアを開けた途端に

「かんべんしてー !!」 でした


兄と共に
「本当に、申し訳ない」 と
師長さんにお願いして
その方々を
担当から外して頂いたほどです


兄曰く
「洗濯の仕上げ剤だー !!」
と、言うのですが

途中から
私の負担軽減に協力し
高齢者住宅に入ってくれた
母の匂いですら
突然ダメになり

そこでわかったのです


私も兄も
ずーっと変わらず
グリーンミント系の仕上げ剤でしたが
それには
兄は最期まで反応しませんでしたが

母に持たせたのは
フローラル系でしたので

「それだー !!」 と


しかし
看護師さん達は
皆さん、親御さんが
一緒に洗濯して下さっているとかで(笑)
それ以上はね・・・



ですから
最後の数か月は
この、オードゥトワレ
兄からは
見向きもされなかったのだろうと思うと

「ごめんねー
 でもね、大いに役に立ってたんだよ
 あんなに、人に会う事
 積極的になったんだからねー
 ありがとう (´ー`) 」





煙草は
自らの意志で
ついに止めませんでした

最後に火をつけたのは
11月中旬だったかな・・・


これは
兄手作り

兄の手作りです

丸の中に
ステンレスの灰皿を入れて
愛用灰皿

このように使ってました

熱い緑茶も
この箱の隅に置いてました


木製の台
手元のアールのくり抜きは
4面の内、ここだけでして

手の入れ具合が良くて
実に持ちやすいのです

最後の1本まで
使っていました



これも
お隣さんが
喜んでお持ち下さいました

「玄関外に置いて
 使うよー」 って



お隣さんちはお洒落なのですよ
玄関外に
伐ったひのきの丸太に
ペーパーをかけて
ニスを塗って仕上げた
スツール置いていらっしゃるのです





人生最期ぎりぎりまで
父に対し
憎しみに近いほどの
悲しみを持ち続けていた兄でしたが

一昨年
父が亡くなった時
遺品に選んだ衣類の一点は
これでした
父の遺品 

背中は
このようになっています
父の遺品 背中



私達兄妹が
学生時代まで
アルペンスキーの選手だった事
以前書きましたが

力を入れてくれていた父は
私達と同世代の
多くの選手達の面倒もみていました


私達が現役を退いた後も
スキー関係者と
お付き合いを続けていたようです


そんな関係から
プレゼントされたのでしょう



兄は
物も言わず
父の遺品の中からこれを選び出し

そうですねー・・・
昨年の秋頃まで
外出時には上下を着ていましたねー

抗癌剤の副作用で
寒がりで
夏でも
病室のエアコンは暖房でしたから(笑)



昨日の画像の頃
体重は80㎏あったと記憶していますが

最期は
私と同じ位だったのではないでしょうか・・・


重さを感じる物を身に付ける事が
できなくなったのですね



やがての時
これを着せて送ってやろうと思い
着なくなった時すぐに
クリーニングに出しておいたのですが

結局
迷わず着せたのは
暮れの
橘さんの定期演奏会の際もそうだった
定番の服装にしましたので

これは遺りました



兄は、
橘さんとのご縁で
無上の喜びを
この世で味わえて
心が満たされた事で、最期

「俺だけじゃなかったな
 おやじも苦しい人生だったのだ」 と

父を理解し、受け入れて
本当に心を楽にして逝ってくれましたから


「おやじ、ありがとう !!」 のメッセージを
この上下のウェア―に残したのだと思います



この、私達遺族にとって
一番思い入れのある
父、兄共に大切にした
スキーウエア―は

またもや
お隣さんに、この思いをお伝えしたら

「大事にするよー」 

と、おっしゃって
喜んで持って行って下さいました



杖として
最期まで使っていた
ストックは・・・

処分する事にしていましたが

これも私達、老後用に
とっておくことにします(笑)





さて
真っ先に
資源センターへ持って行くのだー !!
と決めていたのが

「なんで、こんなにあるのだー」

扱いに辟易していた
コードやケーブル類


私も夫も、お隣さんも
アナログ人間には
さっぱり価値がわからない物の
筆頭です


が、明日書きますが
兄の晩年、懇意にして下さった方々からは
「お宝でしょうー !!」
と、思われるではないか
あれこれetc.

であるのではないか
と、気が付いてきますと


ケーブル類
処分する訳には行かなくなりました



「最後にしよー」 と、決意すると


気が付くのですよねー

「これって・・・」
このおかげでスマフォ充電できた !

私達のスマフォの充電に
この、ピンクの塊
役に立つのです


「おい、お前
 今頃わかったかー !!」




私の腰痛

あの世からの
兄の一蹴りだったんだー !!





この、ピンク様々のお陰で
土曜日夜
夫と、晩酌しながら
スマフォのワンセグで
TV楽しんでいましたら
寄ってくるのは

見えますか?

この、ちっちゃい子が
夫や私に近づいてくるのです


「あっち行け !!」

何度、指でポーンとはじいても
執拗に側にやってくるのです


スマフォを向けると
少し離れて、この通りなんです(笑)



2階の寝室に上がるまで
そんな事繰り返してました



夫曰く

「遊んでくれって
 言ってるんだぞー (笑)」


「ボビーかな
 あにきかな (笑)」



すっかり忘れていましたが
いたー !!

翌日
これまた
遺品のクリアケースの隅にいました

うまおいむし?

この辺りでは
○○コオロギ と呼ばれていますが

昔、調べたら

ウマオイムシ じゃなかったかな?
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